Let Life Loose

映画と革製品についての紹介がメインのブログです!特に革靴についてはディープな情報をあげていきたいと思ってます

アラジンが奥さんに刺さらなかった件について

タイトルの通りなのですが、アラジンが刺さらなかったようで

 

belphegor729.hatenablog.com

 


理由を聞いてみたらなるほどなぁという感じでもあったので、改めてアラジンについて考えてみた。

 

 ネタバレ全開&割と否定気味に語っていくので見てない方&アラジン好きだった方はブラバ推奨です。


 よかったけど、うーん手放しでいいとは言えない、ともやもやしてる方、一緒にもやもや共有しましょう


 実写版アラジンのもやもやポイントは3つあって、

 

 

 1つ目が、ジャスミンが自立した女性として描かれていること。
      それによってアラジンとジャスミンのバランスが崩れてしまったこと。
 2つ目がそもそも論だけど、実写になったことで。
 3つ目はガイリッチー監督との食い合わせの悪さ

 

 

 この3つかなと思ってます。
 奥さんはもう1点、ポップさが足りないといっていたので、そこもちょっと考えてみたいと思います。

 
 まず、ジャスミンが自立した女性として描かれていることについてなんですけど、それ自体はいいんです。別に

 ただ、キャラクターのパーソナルをいじるわけだから、それだけをいじってもひずみが生まれると思うんですよね。

 

 

 自立した女性、誰よりも国を愛し、国のことを考え、国を治めるべく勉強もしている。

 

 そんなジャスミンに対して、アラジンの描き方はアニメ版とあまり変わっていない。ジャスミンと釣り合いが取れるレベルでパーソナルが引き上げられていないんです。


 はっきり言ってしまうと、アラジンにジャスミンが惹かれる理由が薄い。アリ王子に至っては惹かれる部分がない。

 

謁見であれだけの失態をして(ジーニーちゃんと教育しようよ・・・)魔法のじゅうたんで街を飛んだだけでチャラにはならんと思うのです。

 

 

 奥さん「吊り橋効果だよ」

 あぁ、それは言っちゃいかんやつ!

 

 

 あと、本当に謁見のシーンは見てて辛かった。共感性羞恥というらしいのですが、人が大恥かく、特に感情移入の対象が大恥をかくの本当に苦手で、ジーニーちょっと勇み足でしたねぇ。

 

 また、国を思うからには伴侶選びも慎重にならないとも思うわけで、

 女王の旦那が国際舞台に立たないというのはちょっと問題があると思うわけです。まぁ、おとぎ話の世界では、市井のうら若い女性が王妃になる、というのはありがちな話ではあるので、まぁそこまで気にする話ではないのですが。

 

 それでも、つい先週まで町で盗みを働いていた若者が、女王の伴侶です!っていうのはどうなんだろうね?もやもやする国民もそこそこいるんじゃないかなぁ・・・

 

 

  こう、ジャスミンのパーソナルに割かれる時間が増えた分、アラジンのパーソナルを描く時間が減ってしまっていますよね。もうちょっと、アラジンのいいところを描いてほしかった気がする。

 

もうちょっとジャスミンがアラジンに惚れることに対して、説得力を積み上げていってほしかったかなぁ。


 正直、フィクションに何求めてるんだよ。っていう意見も、それはそれでその通りなんだけど、
 そこで2つ目 実写化したことによって、アニメではスルー出来てきたリアリティラインが気になってきてしまって。

 

 これはアニメ版でも同様の話ではあるんですけど、冷静に見ると別にアラジン洞窟の番人の眼鏡にかなう心清らかな人物ではないんですよね。

 

 申し訳程度に、盗んだものと交換して得た食べ物を子供にあげてましたけど、別に盗人としてのスタンスは義賊というわけでもない。本人は自称していたとしても、普通に街で商店を営んでる人間から盗みを働いている時点でなかなか、うーん。ちょっとね。そういう、アニメでファンタジーでオリエンタルーな世界観だと気にならなかった、気づかなかったところが、リアルになったことでググっと存在感を増してきているというか。

 

 俺もまともな育ちだったら盗みなんてしてないなんて、正直歌わせないほうがいいんじゃないかなぁ。


 リアリティラインの話は、ジャスミンを自立した女性に改編したことでも上がってますね。
 その割にジャスミン貨幣の存在を知らないのは原作通りだっけ?ちぐはぐさが否めない。ジャスミンのパーソナルを変更するのであれば、あのシーンがなくてもアラジンとジャスミンが出会えるよう丁寧にシナリオを変えないと。
 
 アニメのジャスミンはいかにもファンタジーなヒロインだったと思うんですけど、そういうところでリアリティラインが上がってるのに、アラジンのリアリティラインが、そのままなんですよね。

 ジーニーはあれでいいです。むしろもっとリアリティライン下げてもいい。むしろアラジンを巻き込んで下げて映画全体のリアリティラインの調整を図ってもよかったかもしれない。
 結局、映画の中でアラジンが浮いていたんですよねぇ。
 
 で、それが、ちょっと3つ目にも絡んでて、もったいなかったなぁと思うんです。
 ガイリッチー監督は男性を主役にハードボイルドだったりスタイリッシュだったり、そういった作風の監督だと思うんです。
 だのに、ディズニーはジャスミンの映画内での重要度をグーっと上げて、相対的にアラジンの葛藤、アクションがググっと減ってしまった。
 そこの差配も含めてガイリッチー監督だったらなんかすみません。


 序盤のスタイリッシュ逃走シーンは良かったと思うんです。ただ、そこからガイリッチー監督っぽさがなかなか出てこない。

 ガイリッチー監督の良さは上記の通りなので、もっとこう、理知的な義賊アラジンが手にした幸運をもとになりあがっていき、最後は魔法使いジャファーに盗賊スキルを駆使して善戦するも敗北、からのジャファー魔人化で封印。ハッピーエンド。でよかったんじゃないかなぁ。


 女性の自立をシナリオのメインに置くのであれば、監督には申し訳ないけどもっと違う監督が適任だったと思うの。もしくは、いっそアラジンのパーソナルを完全に消し去ってしまって、つかみどころのない人物にしてもよかったかも。ううん、でもそうするともはやアラジンじゃないか・・・


 ちょっと食い合わせが悪かったなぁ。

 

 奥さんは色味が足りなかったようで、もっとビビットなカラーリング、思い切った色使いをしたほうがいい、
 アラブのオアシスだからってそんなくすんだ色使いしなくていいとのことなんだけど、
 世界観考えると少しかすんだ色遣いにならざるを得ないだろうから、そこを無視してカラフルに、ってことだと、やっぱりリアリティーラインが高すぎるのが問題なのかもしれない。


 ただ、もちろん見てる間凄く楽しかったのも事実で、洞窟でのジーニーはっちゃけシーンは監督の新しい一面が見れてよかったですし、
 ジーニーの、好きな人と添い遂げたいという個人としての願望を新しく表現したのもよかった。ジーニーが侍女に惚れる過程がもう少し欲しかったけど、そこまで書いちゃうと本筋がぼけちゃうしね。
 自由と能力がトレードオフなのも、それでも自由になりたいという強い動機を描くことができてよいと思います。
 原作の無限のパワーがあって自由なジーニーはチート過ぎるだろうと本作を見て思いました。良改編だと思います。2作るの難しそうですけど。
 
 また、ジャスミンとアラジンの格、という点で、最後自ら身を引いて雑踏に紛れようとするアラジンもよかったと思うんです。
 それでもなおアラジンを選ぶジャスミンというのはまさに作品のテーマだと思うし。
 ジャフアーにランプ奪われた時のカメラワークも物凄いガイリッチー感で最高でしたw


 個人的にはすごい良いシーンも多くて、割と好きな映画ではあるのですが、その分アラジンの描き足りなさが気になってしまって、こんな感じの駄文をつらつらと書き連ねることになってしまった。すみませぬ。

 割ともう一回見たいくらいは好きなのよ?洞窟のシーンは何度でも見たい。

 

 とりあえず、アラジン興行収入とても良いようなので、ここで評価ががっつり上がってもらって、コードネームアンクルの2を早く。早く!

 

 

 

 

アラジン (吹替版)

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  • 発売日: 2019/09/25
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