Let Life Loose

映画と革製品についての紹介がメインのブログです!特に革靴についてはディープな情報をあげていきたいと思ってます

多分全部嘘【JOKERばれあり感想】

何故なら彼はジョーカーだから

 

 

belphegor729.hatenablog.com

 

本作は2つの流れが絶妙に絡まりあっていく構成になっていると思っていて

 

 一つは衝動的な殺人だった事件が、ピエロによる殺人という偶像化(アイドル)を経て狂気のアイコンと化し、その熱気にアーサー自身が感化されてしまう流れ。

 

 もう一つが、主人公アーサーのアイデンティティを丁寧に丁寧に壊していく流れ

  主軸とはアーサーのアイデンティティクライシスですが、それをもうひとつの流れが絡み合っていきます。

 

 貧困に身をやつしている自分の父親が、アーカムシティで最も恵まれた位置にいるトーマスウェインだと母の手紙を盗み見して知ってしまうこと。

 さらにそれが母の妄想であったこと。

 暴露はそれにとどまらず、自身が養子であり、生みの親から捨てられていること、ペニーは精神病院に収監されており、その原因が養子への、つまりアーサー自身へのネグレクトであることまでもが判明します。

 今まで自分を後回しにして面倒を見てきた母親が、実は自身を虐待していたこと。

 ペニーは息子を大切に育ててきたと記憶を改ざんし、おそらくアーサー自身はショックで記憶があいまいになっている。

 アーサーを悩ませてきた障害も、この虐待の際に(母の手ではないにせよ)受けたもの。

 

 アーサー個人の生涯が一気に無になる瞬間です。

 

 怖すぎる。

 しかし観客に畳みかけてくる恐怖はそこでは終わらず、交友を深めてきたと観客が思っていた、シングルマザーのソフィー

 しかしそのソフィーとのお付き合いは、

 

 すべてアーサーの妄想

 

であったことが、くだんのやり取りの中で判明します

 

 よくよく考えたら、娘がいるのだから夜そうそう外出はできないはずなんですよね。

 

 そこからストーリーの真正性が揺らいでいきます。

 

 ソフィーを呼んだコメディも暖かな笑いに包まれていたのはアーサーの頭の中だけで、実際は失笑の中にたたずんでいたのでしょう。

 

 物語の中で唯一分別があり、アーサーの理解者のようにふるまっているデニーロ演じるテレビ番組司会者のマレーも、彼のことを大して気にかけておらず、

 彼もまた彼と彼の番組のことしか考えていない自己中心的な人物であることが、アーサーとのやり取りの中で丁寧に描かれていきます。

 

 アーサーがアーサーをだましていたことに、ソフィーの部屋で気づいたときに

 マレーの偽善にも気づいたのでしょう。コメディのステージが受けていなかったことに気付くと同時に、マレーはアーサーを気にかけているわけではなく、利用できるアイテムとしか思っていないことに。

 

 一度テレビショーで舞台に上がらせてもらい、ハグまでしたのに覚えていない(これも妄想の可能性がありますね。ペニーは同じ番組を見ていたのにリアクションを取りませんでしたので)

 マレーが名付けたはずの「JOKER」を彼自身が覚えていない

 

 そして、民衆の狂気と、アーサーの狂気がTVショーの中で混ざり合い、アーサーがJOKERとなる。

 

 かくして彼は民衆の狂気の体現者となる

 何物にもなれなかった人間が、不幸と狂気の果てに街のアイコンと化す。

 口からこぼれた血で口のペイントを塗りなおすシーンは印象的でした。

 

 

 ・・・

 しかし、衝撃はまだ続き、次のシーンは病院の面会室

 序盤に登場したカウンセリングがにこやかにアーサーに話しかける。

 

 果たして、2時間見させられた狂気の祭典は、事実だったのか、それとも彼の妄想だったのか

 

 

 

 終わったあと、耳の奥から

 

「Why so serious」

 

という声が聞こえてきたような気がしました。

 

本作でJOKERのオリジンをやることが判明したときに、

 

ジョーカーにオリジンなんてない。

 

という声が多くありました。

私も同意見で、本作はあくまでパラレルな世界のひとつの可能性、

として見に行ったわけですが、

最後の最後でやりやがったなと

 

もしかしたら騒動のあとやはり捕まったのかもしれないし(あの暴動のなかで警察機能がまともに働くとは思えないけど)

すべてアーサーの妄想かもしれない、

もしくは、精神病院から退院する前の、映画が始まる前の時間に戻ったのか

 

製作側もあえて正解を用意していないように見えます。

 

ジョーカーのキャラクターデザインも

ギャングのボスとしてギラギラしたジャレット版ジョーカーではなく、

安物のスーツを着て、組織的後ろ楯はなく、しかして神出鬼没、人間の悪意そのものと言えるような、ヒース版ジョーカーに近く感じる。

 

 さぁ観客よ、ジョーカーの狂気に振り回されるがよいと、製作者の笑い声も交じってきこえてきましたw

 本作はもしかしたら、ヒースジョーカーの語る昔話のような、あやふやな話なのかもしれない。

 

・そのほか雑感

 気になるところもなくはないですが、些細ですかね。

 JOKERという狂気に街が支配されることを描くこと、

 またその中でバットマンとの関連性を作るために犠牲になったことがいくつかあるなとは思っています。

 

 一つは、マフィアの存在。

 少なくとも私が知るバットマンの世界観ではマフィアの存在がありましたが、

 本作では、すでに悪人による腐敗があるとJOKERの存在が際立ちませんので、バッサリカットしたなと。

 その分警察も勤勉です。ちょっと違和感。

 

 また、トーマスウェインも自身の立場に対してセキュリティが甘いですね。

 自身の失言によって批判が高まっているのに、舞台鑑賞にSPもつけていないのはどうかと思ったり。

 

 バットマンのオリジンとしては、腐敗が恒常化することによってトーマスウェインのセキュリティの甘さは仕方がないこととされている気がしますが、これから生まれる狂気への対応の甘さが気になってしまったので、無理にねじ込まなくてもよかったんじゃないかなぁと思います。

 

 しかし、それもアーサーの妄想だからととらえることもできます。

 入り組んだ構造の中で、いろいろなことがありになっている映画、なかなか稀有だなと思います。

 

   

最後に、ジョーカーは意外と理性的に殺す相手を選んでいるな、と思いました。

   狂気にとりつかれましたが、彼は、彼に悪意を向けた相手しか殺していないんですよね。

   トーマスウェインは、彼に敵意を抱き殴りましたが、少なくともジョーカーは直接手を下していません。

   何故母に冷たくするんだと訴えつつ、トーマスの方が正しいことに納得していたのではと個人的には思っていて、その敵意は理不尽ではないと思ったのかなぁと思っています。

   

   狂ってはいるが、明確に彼の基準がある。

   何が喜劇か、人それぞれ。

   どう判断するかも、人それぞれ

 

  普通の判断であれば、同僚を殺す時目撃者ごと殺す。

  でも、彼はアーサーに悪意を向けなかったので、逃がす

  彼の感性が人とは違うことは、独りでコメディショーを見に行ったときに笑いどころが違うことでも示してました。

  あの時は人に合わせて笑っていましたが

 

  もう人の目は気にせず、

  笑いたいときに笑い、

  したいことをする

 

  アメコミ最大のヴィランといっても過言ではない正体不明の怪人のオリジンとして、これ以上ない傑作でした

   

 

ジョーカー(字幕版)

ジョーカー(字幕版)

  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: Prime Video
 

 


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追記

JOKERとダークナイトの関連性について別記事で語ってみました

belphegor729.hatenablog.com

 

 

 

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