ツイッターでよく一話試し読みさせてくれる漫画家さんいるじゃないですか
漫画広告もそれなりに新規漫画にたどり着くルートの一つではあるのだけれど
こういうのにもみっけもんがあったりして
ええと、うん
日記をつけはじめるといいかもしれないこの先
誰が、あなたに何を言って
誰が、何を言わなかったかあなたが、今
何を感じて
何を感じないのか
このセンテンスにものすごく惹かれて
読み始めたら止まらなくて、最新刊まで読み終わってしまった。
もともと、創作物とかそういうものができる人に対する強い憧憬というか、憧れのようなものを持っているのだけれども
その中でも特に、なんでもない日常を、淡々と描いているのに強く引き付けることができること/作品に強く感情を揺さぶられるタイプで
この漫画は特にそうだった
ある日、交通事故で父と母を突然失った主人公「朝」
は、母の妹で小説家の「高代槙生」に引き取られる。
高校生とアラサーの不思議な共同生活が始まる
といった感じの物語なんだけど
小説家という設定だけで曲者な槇生もさることながら
父と母の死にあまり動揺していない朝もかなりの変わり者
本作は、二人の共同生活の中で
二人の死に動揺できなかった朝のパーソナリティを深堀しながら
確立していく様を淡々と描いていく
その中で、母と槙生の確執について語られていき
また遺品整理の中で母の「朝へ向けた」日記が見つかり
朝に対する母の願い、父の思いに思いをはせていくさまが生々しく描かれていく
冒頭で描かれるが父と母は結婚はしておらず
完ぺき主義でずぼらな自分とはそりが合わなかったと語る槙生にはそこが不可思議だった
朝の成長のサイドストーリーとして描かれていく母の思いは
人並以上の何かを持ちながら、結果として何者にもなれなかった人生への後悔がにじんでおり
学校の成績”だけ”よかったような人間にはひどく刺さる
既刊10巻まででは断片しか描かれないが、10巻で唐突に差し込まれるモノローグからは
自分の人生の息苦しさの原因を否定してくれた存在に寄りかかったら、自分の人生を大きく捻じ曲げる毒だったであろうことが示唆されている・・・
こんなはずではなかった、こうなりたかった
そういう思いを抱えながら、選択できず、ずるずるとここまで来てしまった人間は、自分を含めてたくさんいると思う
槙生の姉だと多分私と同年代で、人生の折り返し地点、どうしたって過去を振り返り、未来に悲観してしまうタイミング
自分の未来を悲観し、子供に過度の期待をしてしまう
そして、槙生への反感、憧憬、それを口にできない気持ち
すべてが自分のことのように感じてしまって
この母親に感情移入してしまうと途端にしんどい漫画になってしまった
だって彼女は、何者にもなれないまま終わってしまったから
自分の朝への愛が、日記を読まれることでやっと朝に届いたことも知らない
父と母を失った朝が、寄る辺なくふわふわと漂って、自分の未来を不安に思っていることも知らない
何も知らない、知れない
ただただ、「どうしてこうなった?」
大学を出ながら、職に就かず、結婚もしていない。しかし子供はいる
思い描いていた人生とは一ミリもあっていない
そんな人生を悔やみながら、答えを出す前に唐突に終わる人生
こんな残酷なことはないなと
本作は10巻を経てまだ道半ば
朝は中学3年生から高校3年生になり
高校で終わるのか、大学まで描くのか、社会人まで行くのか
わからないけれど
その間に語られる母のエピソードはどこまで行くのか
死ぬまでの間に、自分の人生に納得はできたのか、苦しみの中死んだのか
そして、母がそうなるに至った父
存在感が異様なほどにないことである意味の存在感を醸し出している父
この父についてもいずれは語られるのだろう
こんな漫画が10巻も出るまで気が付かなかったかぁという思いつつ
こういうのがふっと届けられてくるからインターネッツはやめられない
11巻が楽しみです