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【映画 違国日記 酷評感想】申し訳ないけど、これは”違国日記”ではない

ヤマシタトモコさん原作の漫画「違国日記(読み方は”いこくにっき”)」が新垣結衣さん主演で実写化

 

ということで、凄い好きな漫画なのでとてもとても期待していたのですよ

期待していたのですが・・・

期待していた分失望が大きい・・・

 

端的に言うと、

私が見たかったのは、年長者の不器用な愛情に包まれながら、つかみどころのない少女が自身を確立していく物語であって

不器用な二人がぶつかり合い、喧嘩しながら距離を近づけていく物語ではないのだよ・・・

 

原作未読の人はぜひ原作を読んでほしい

 

belphegor729.hatenablog.com

 

原作と映画ではかなりテイストが違う

映画のテイストはそれはそれで否定はしないけど

担々麺と勝浦タンタンメンくらい違うので、担々麺の口でラーメン屋にいって勝浦タンタン麺を出された気分なのです

 

そもそも、何が”違国”で何が”日記”なのか

それが全然映画では出ていない

ライフスタイルだったり、得手不得手だったりがあまりにも違う槙生のことを「ちがうくにの女王」と評したことがタイトルに来ているのだけど

そこがバッサリカットされているので、映画を見ただけだと何が違国なのかわからない

いわれて初めて、全く違う環境で生活する朝の心境を違国と表現したのかと分かる程度

この「違う国」、のくだりも、日記のくだりも原作では序盤にもってきている

この重要なシークエンスをオミットしたことが本当に意味が分からない

日記のくだりは、原作では遺体との面会のシーンと葬式の間の時間軸なのだけど

映画ではこのシーンをバッサリカットしているんですよ

その結果、日記を書く下りは葬式の後のシーンと合体させられるのだけど

そのせいで、槙生の重要なセリフが死んでしまっている

また、原作では葬式の前に、朝に悲しいか聞かれた槙生が「姉が嫌いだったので、朝が気の毒だとは思うのに、悲しいと思えない」と、事前に槙生と姉=朝の母の関係性がよくなかったことを朝に開示しているので

葬式での「あなたの母が心底嫌いだった」と朝に伝えるシーンの毒が無くなる

映画ではこのワンクッションがなくなるので「え?親を亡くした子供に今言う事?」と正直引いてしまった

この後に、この漫画最後まで追いかけようと決意させるくらいの名セリフがあるんだけど

映画にはありましたっけ?正直記憶にないんですよ

こういう、作中の素敵なセリフ全部落ちちゃってるんですよね…

んで、新垣結衣さんの演技が悪いのではなくて作品の演技プランが悪いと思うんだけど

全体的にガッキー不機嫌だったりと思ったら急にフランクだったりで

私の中の槙生のキャラと全然一致しないんです

 

なんか、引き取った後朝と槙生ずっと喧嘩している気がするんですよね

原作の朝は槙生に「お母さんを好きになってほしい」なんて押しつけがましいことをいうタイプの子ではない。そもそも、朝はそんなに母のことを好きではないはずなんですよ。かなりいびつな家族構成の中で、普通でないことに苦しむ母の圧をずっと感じてきていたので

好きか嫌いか聞かれたら好きと答えるけど、だからといって嫌いだと言っている人にも好きになってほしいと言えるほどのモチベーションは朝にはないはず

 

私は、槙生の、不器用だけど朝のことを心配し、朝に寄り添おうとする姿と

朝のその槙生のやさしさに過度に寄りかかろうとしない姿勢にグッときていたので

ばっちばちに喧嘩しあう二人の姿は違和感しかない

「なんで一緒に暮らそうっていったの!」という朝に私の知っている槙生は「選んだのは君だ」なんて突き放したりはしないんですよ・・・

辛い・・・槙生はそんなこと言わない・・・

発達障害のけはあるもののそれを自覚し、凄く理知的に年少者に接しているのが高代槙生だとおもうんですよ

原作読み返すまで忘れていたけど、原作の槙生は、朝に両親の死体を確認してといった母に不快感を示しているんですよね

ここで、その不快感を共有できない朝も、朝らしくて好きなのですが

なんで、朝に両親の死体を確認してというシーンだけ切り取って、それを不快に思う槙生のシーンを捨てるのか

ほんとうに解釈不一致が過ぎる・・・

 

卒業式のシーンも改変する意味が分からない

原作の朝は、”あさ”としてお友達とお別れしたかった

   ”親が死んだ子”としてお別れしたくなかった

と凄く明確に不快感を説明しているんだけど

映画だと、不用意な言葉に傷つかないように、事前に説明したという先生に

「傷ついても構わなかった」的なことを言うんですよ。

ここも違和感あって、そりゃ先生としてはいいわけないだろうと

見過ごせないだろうと

良いか悪いかで言えば、「生徒が傷つくのは悪い」ですよ

ただ「傷ついてもいい」とだけ言っても意味が伝わらない。意味がないといっても過言ではない

そうではなくて、なぜ傷ついても構わないのか、そこをちゃんとわかるようにしないと。

朝は

親が死んだことを知らずに不用意な発言をされることよりも、

親が死んだ子というレッテルをはられることの方が嫌なんだ

と思っているから怒った

この説明があるかないか

この差は大きいと思いますよ

仮にも物書きの話なんだから、もっと言葉選びに慎重になってほしい

変える必要なくない?なんで変えたのかマジで監督に聞いてみたいレベル

尺にも影響しないレベルだし、絶対変える必要ない

そして、本作本当にストーリーの順序をしっちゃかめっちゃかに置き換えるんだけど

このくだりもその犠牲になっていて、

映画だと卒業式からの槙生友達の奈々ちゃんと知り合うけど

原作だと、先に奈々ちゃんとあっているので、槙生が朝に、友達を大事にした方がいい

というときに、かけがえのない友達の例として奈々ちゃんを出してこれる

とにかく映画は、別のエピソードの”ふり”として機能しているくだりを無駄に後ろに持ってくるせいで、

薄味になっているエピソードがおおい

 

終盤の、男尊女卑ネタと同性愛ネタも突っ込む必要ありましたかね・・・

私は本作は、いろんな人とのかかわりあいを経て、朝が個を確立する話だと思っているんです。

ですが、この2つのエピソードが、朝のパーソナリティに影響を与えているとは思えない。

原作ではしっかり意味のあるエピソードなのに

こんな雑に差し込まれると、ただ、ポリコレを訴えるために原作からチョイスしたようにしか見えない。

この程度の扱いしかしないならこれを入れる前に、もっと入れるネタがあっただろうと、

入れるなら改変せずに、ちゃんと語るべきことまで語ろうよと思うわけです。

女だから海外留学プログラムから落ちたっていう成績上位者の千世ちゃん話は悲しいくらい本筋に影響してない。

影響していないどころか、そもそも海外留学プログラムの落選の理由が女性だからというのが公表されてるのって普通におかしくない?

先生の言い訳が歯切れ悪いの現実ではありえんシチュエーションでセリフ上手くかけんかったんでしょや。

って思ったら原作では、医学部で女性が逆下駄履かされていたってニュースに絶望していたって話でその改変もどうなのって。

 

同性愛ネタはもっとひどい、せっかく中学校の卒業式での喧嘩を乗り越えたのに

ここだけチョイスしてその後のくだりカットしちゃったら喧嘩別れしたみたいじゃん?

それに、朝に「ひどいこと言った?」って言わせてるけど、友人のえみりも卒業式の件でチャラだと思うよ。チャラだと思うし、このくだりで朝を悪者にするために変に物分かりの悪いキャラに改変されているのも気になって原作読み返したら全然喧嘩してないじゃん

なんで喧嘩させたがるの???

しかも、朝は卒業式で”親が死んだ子”になりたくなかった自分と照らし合わせて普通でありたいえみりのことを理解しようとするんだけど、そのワードを映画ではカットしてしまったからそこも活かせられない。

逆に言うと、原作って本当に、ばらばらのストーリーがつながっていって、朝のパーソナリティに集約していくんですよ。

そこまでやってこのエピソードが光るんですよ。

千世ちゃんの話だって、原作では、世の理不尽に絶望した千世と、両親が急に死んでこれまでとこれからが断絶した朝の対比があった。

大事なエピソードのはずなのに、ガワだけ持ってきて中身が感じられない…

 

原作って

なりたい自分になれるかわからない”朝”

なりたい自分がわからなくて不安な”朝”

っていうのが大事な要素だったと思うんだけど

この映画はそこがすっぽり抜けている気がする。

 

同時に

槙生も槙生で、朝と一緒に過ごしていくうちに、嫌いだった姉の知らなかった一面を知り、素直に尊敬の念を感じ、彼女の無念に思いをはせているのも

凄く重要な要素だと思うんだ。

彼女は、好き嫌いと、尊敬できるか否かを別個の事象として評価できる人なんだ

原作では。

でも映画では、姉に対するネガティブな感情が、朝のせいで浄化されるのを凄く嫌がっている。

しかもそれを強く前面に出している気がするんだよね。

だから映画の槙生からは嫌い、姉も私を嫌いだったと思う、以外の感想が出てこなくて広がっていかない。

個人の感情としての好き嫌いという絶対評価と、様々な関係性の中でどういう人間だったか、という相対評価を分けて考えられない。

原作の槙生はそこまで狭量ではない。

 

もうせっかくだから全部書いちゃうけど、槙生が書いてる小説の内容に映画では全くふれられないのも不満。

原作通りこのモノローグで始まってたら私震えてたと思うんだよね。


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寄る辺ない朝の成長物語なんだから、朝のモノローグ全カットしたのも私は失敗だと思ってる。

朝の独特な言葉選びが作品の味わいを深めてるんじゃん、そこから朝の作詞センスが垣間見えるんじゃん。

 

私としては、原作の大事なエッセンスが完全にスポイルされていて不満の残る実写化でした。

 

まとめ

どこまで原作者が脚本にタッチしているのか、どこまで納得しているのかわからないですが、少なからず原作者の了が出て出来上がっていることを考えると

not for meということなんでしょうか。

 

要望だけ伝えて、台本にはノータッチだと思いたい。

 

あまりにも私が琴線に触れた箇所が削られすぎてる。

千世エピソードは原作者の希望だからそこを要らないと言うのはどうかと思うとコメント頂きましたが、いや、原作者希望のエピソードであるのならなおさらもっと丁寧にやろうよ

ということですよ。

パンフ買ってないのでそんな情報シランですし、Xでも改変に憤っている人たくさんいます。希望だから入れた、ではなく、なぜ原作者がこのエピソードを入れたいと希望したのか。

監督はそこ見えていないんじゃないか。

原作者の希望で入れた、という情報をいただいて、余計私はこの監督=脚本家に不満が募りましたよ。

逆に、これを入れて欲しいという要望以外はノータッチであって欲しい…どう挿入されたかも含めて。

 

琴線に触れるシーンがカットされているんじゃなくて

エピソード全てにおいて、導入だけ雑につなげて

そのエピソードのエクスキューズを全部捨ててるんですよ。

原作でのエクスキューズっていうのは、そのエピソードで、朝がどう感じたとか、槙生が朝に何を伝えたとか、朝の成長がそこにあるんですよ。

それがない。

だから、エピソードを雑につなげただけで、エピソードごとの横のつながりがなく

正直、映画の中で朝の成長が原作ほど見えてこないんですよ。

 

私はこれは明確に脚本力不足だと思う。

原作者チェックが入っていると思えない。思いたくない。

 

 

他の方の感想を見てると、原作を知らなければもっと好意的に見れたんだろうなとは思うけど

違国日記の実写化でなければ見ていなかった。

原作を知っているがゆえに雑なエピソードのつなぎ合わせにしか見えなかった。

空気感・・・空気感もなぁ・・・もうちょっと槙生と朝の関係がマイルドだったらとも思うし、うん、やっぱり空気感も原作のほうが好き。

この解釈不一致感は、水は海に向かって流れると同じだなぁ。

belphegor729.hatenablog.com

あれも年の差コンビの話だったが、年長者の性格の解釈不一致が酷かったし

原作での素敵なワードが抜けているし

うわ、タイトル回収怠ってるのも同じだわ。

年長者の元彼ポジがおっさんから若いイケメンに代わっていたのもうーん、うーん

彼ら年齢相応の老け顔していないんよなぁ・・・

 

 

belphegor729.hatenablog.com

 

 

なんというか、同時に発表されたアニメに期待かな・・・

制作会社夏目友人帳やってるところみたいなので

原作のあの空気感を再現してくれるはず。

https://ikoku-anime.com/

ウェブサイトにはちゃんと、違国の由来となるセリフもあるし

テイザーを見る限りでは、実写化ではスポイルされてしまった。

正反対の二人の抱く全く違う”孤独”というキーワードにフォーカスが充てられているので期待大ですわ

 

2026/1/6追記︰アニメとうとう始まりました!

 

belphegor729.hatenablog.com

 

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2025/10/25:追記

最近PV急上昇していたので、アニメ化関連かと思ったらプライムビデオで無料配信しているんですね。単体で見たら決して悪くはなかったとは思うんですが、

原作ファンから見た実写違国日記はこんな感じでしたということで

どうか良しなに

違国日記

 

 

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