今年公開のディズニー映画「トロン:アレス」
設定に時代が追い付いてしまい、いささか凡庸なつくりとなってしまい
期待値には今一歩届かなかったものの、それでも
随所にちりばめられたオリジナルへのリスペクト、オマージュににやにやせざるを得ない作品でもありました。
おそらくフランチャイズとしてはトロンをもって終了となるとは思うものの、やっぱり
このデジタルワールドの始祖ともいうべき原点「トロン:オリジナル」という作品がいかに革新的だったか。
公開当初は生まれていなかったですが、幼少のころビデオテープで見た本作がいかに子供心をわしづかみにしたのか。
ディズニープラスで配信中のトロン:オリジナルを改めて見直したので、紹介していきたいと思います。
今も色あせないデジタルワールドの始祖
見る前は、さすがに今見ると古臭いかなと思っていたんです。
ただ、ドラマが始まるとそれが杞憂だということはすぐにわかりました。
ストーリーはいたってシンプル。悪く言えばチープ。
自分の成果を同僚に盗まれ、閑職に追いやられた主人公が
プログラムを使ってその不正の証拠をハックする。
そのプログラムに人格があったら・・・というアイデアをスパイスとしてふりかけたのが本作で
さらに、主人公がデジタルワールドに転送されてしまう。
ソードアートオンラインのような、20世紀ライトノベルのさきがけがそこにありました。
美しすぎるデザインワークス
発光するスーツ、幾何学的な背景、そしてどこか温度を感じるプログラムたち。
40年以上前の作品とは思えないほど、世界観の完成度が高い。
まさに“レトロフューチャー”という言葉がぴったり。
デジタルがまだ夢の領域だった時代に作られたローポリゴンの仮想空間が、かえって、無駄をそぎ落としたソリッドなデザインに映る。
そして音楽。シンセサイザーの響きが世界の輪郭を描き、光のラインと共に心を走らせる。
今なお革新的な世界観
マトリックスや、サマーウォーズでさらに拡張されたデジタルワールドが描かれても、それはリアルワールドの延長線上でしかなかったんですよね。
人のためのデジタルワールドだから、リアルに影響を受けざるを得ない。
しかし、このトロン:オリジナルの世界観は、徹頭徹尾、プログラムのための世界だ
そこに人間らしさはなく、また必要ない。
全く完全なデジタル異世界、という概念は、今なおオリジナルの輝きを放っているのではないか。
(私が続編のトロン:レガシーを好きになれない理由もここにあるのだけどそれはいずれ)
終わりに:今見ても色あせない、1982年の先進性
最新作『トロン:アレス』を観たとき、映像はもちろん圧倒的に美しくなっていたけれども、今のCGの技術を使えばこれくらいのことは全然できる。
技術面での驚きは薄れ、残ったのはありきたりでチープなストーリー。
作品としてはどうしても凡庸と評さざるを得なかった。
その一方で、オリジナルへのリスペクトが随所に滲んでおり、その余韻のまま観た『トロン:オリジナル』は、やはり驚きの連続だった。
1982年というコンピュータ黎明期に、デジタル世界を“自分たちの世界”として描いた先進性、
映像技術と物語を一体化させる発想、そして光と音で世界を作る表現の独創性――どれも今見ても十分に新鮮。
デジタルの中に広がる世界というアイデアは、その後の映画やゲームに確実に影響を与えた。
『マトリックス』や『サマーウォーズ』、『ソードアートオンライン』など、今の私たちが慣れ親しんだ作品たちの根底には、
この1982年の実験的で大胆な挑戦があると思う。
TRONは、ただの“昔の映画”ではない。
技術面でも、ストーリーの面でも、パソコンの先に広がる異世界に真正面から向き合ったパイオニアだ。
まだ見ていない人は、ぜひ見てほしいと思う
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なんやかんや、もう一度トロン:オリジナルを見るきっかけをくれたという点でも、私にとってはありがたい作品でした。
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