ディズニーの新作「トロン・アレス」がえぐいくらいの爆死をしていますね。
曰く、革新性がない、曰く凡庸
主演もなんかやらかしたそうで、その点でもプロモーションが打ちづらいと
ただ、個人的にはこのフランチャイズのオリジン
1982年公開の初代トロン(今は、トロン・オリジナルと呼称するそうですね)
に脳を焼かれた人間で
半分フランチャイズへのお布施の気持ちで、
一応映画館で見るかぁ・・・と思っていて
何とか時間が作れたので、小さい箱でしたが見に行きました
なかなかどうして、悪くない。
不満点も多くありましたが、
ピンポイントに私を狙い撃ちしてきたような作品でした。
個人的には2作目のトロン:レガシーよりも全然良いです。
- トロン:アレスのあらすじ(ざっくり解説)
- トロンの世界に現実が追い付いてしまった
- ジュリアンの倫理観が死んでいてキツイ
- ただ・・・
- ファン以外への訴求力が弱すぎた
- まとめ:トロン:アレスは誰に刺さる映画だったのか
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トロン:アレスのあらすじ(ざっくり解説)
前作:レガシーから15年後、デジタルワールド「グリッド」はさらに発展し
IT企業に成長したエンコム社と、エンコム社から独立したディリンジャ―社は
グリッド内のプログラムを現実世界に出力する技術の開発を行っていた
先んじて、グリッド内の人格プログラム、兵器を実体化する技術を発表したディリンジャ―社
しかし、ディリンジャ―社の技術には欠陥があり、グリッドから出力した物体は29分しか存在できず
それを過ぎると崩壊するという問題があった
エンコム社がこの欠陥を克服するプログラム「永続コード」を、エンコム社の過去のアーカイブから発見したことを
エンコム社のサーバーをハッキングして把握したディリンジャ―社の若きCIO ジュリアンディリンジャ―は
永続コードを奪取し、自身のプログラムを完璧なものにするため
AI戦士「アレス」に、エンコム社CIOイブ・キムの身柄確保を命じるのだった
トロンの世界に現実が追い付いてしまった
1982年、初代『トロン』が公開された頃はパソコンの黎明期。
“プログラムに人格がある”という発想は、当時としては衝撃的でした。
そして15年前の『トロン:レガシー』では、AIという概念がようやく盛り上がり始めた頃。
まだ“夢”として描く余地があったんです。
しかし今は違う。
生成AIが当たり前に使われ、PCの向こう側に“人格のようなもの”が見える時代。
もはや『トロン』の世界観は“現実に追いつかれてしまった”
だからこそ思うんです。
「なぜ今、トロンを再始動したのか?」
この問いに、映画自体が答えを示せていなかった。
これで内容が面白ければ、別に革新性とかがテーマではないんです
ただただトロンというコンテンツで、誰もが楽しめるストーリーが出来上がったんです
でよかったと思うんです。
ただやはり、デジタルワールドでの冒険活劇
というそのオリジナリティがトロンワールドの根幹だと思うので、革新性なき続編というのはそれだけでかなり厳しい。
そして、トロン:アレスはその厳しい戦いを勝ち抜けるほどの魅力は出せずに終わってしまった感じがします。
ジュリアンの倫理観が死んでいてキツイ
ストーリーが凡庸、とかいろいろと言われていますが
凡庸であってもちゃんとしていればそれは王道ということで評価に変わると思うのですが
個人的には、本作のメインヴィランである、ジュリアン・ディリンジャ―がかなり受け付けなかった・・・
https://x.com/DisneyStudios/status/1976700290159329395/photo/1
マジで会社のトップに据えてはいけない人格破綻者で
ライバル企業のデータベースをハックしたうえでクラッシュさせ
永続コードの奪取についてはAI戦士が街を破壊するのも気にせず、最終的にイブ・キムを殺してでも奪い取れになり法律違反のオンパレード
AI戦士の技術が確立したら(違法行為も)問題なくなる、って法律を軽視しすぎなんですよ・・・
ママもさ、今の今まで息子がこんな人格破綻者だって気が付きませんでした?
割とママは人格者の様に描いているけど、こんなモンスターを生み育て、CIOに祭り上げたのはママなので
今更いい人ぶっても手遅れなんすよね
そもそもゲーム企業がやる話ではない
冒頭から少し引っかかったのが、エンコム社もディリンジャー社も“ゲーム企業”という設定。
ディリンジャー社は明言されていないものの、エンコム社は創業の事業がそうだし、中盤で自社コンテンツのイベントを開催しているので実際まだそう。
そのエンコム社と競合しているのであればディリんじゃー社も同じ業種とみるのが普通で
そんなエンコム社のCIOイブ・キムが「世界の課題解決にコミットする」と語るあたり、最近の意識高い系IT企業っぽさが鼻につきました。
ディリンジャ―社もゲーム会社ではなくセキュリティ企業だったとして、AI兵器を開発して軍需産業に殴り込む……という展開も飛躍しすぎ。
トロン:オリジナルも、トロン:レガシーも
基本的にはデジタルワールドでの話で、いつも通りの現実世界の裏側にあるデジタルワールドではこんな攻防が起きていた
という立て付けだったので、ゲーム会社でもよかったんですよ
むしろそのギャップが面白いまで会った
現実に侵食してくるなら、企業設定もそれに見合うリアリティがほしかった。
そもそも、初代でエンコム社内で失脚したディリンジャ―が会社を興してエンコム社とタメを張る会社を作った
というのもイマイチ現実味がなくて、そこも乗れなかった点。
ストーリーの細部がかなり甘い印象はありました
ただ・・・
物語中盤、ストーリーにアクセルがかかってからは結構楽しめました。
予告でも出ていましたが、夜中の現実世界で赤く光るデジタル兵器たちは
斬新ではないものの、こういうの見たかった、という満足感はありましたし
何よりも、オリジナルのファンとしては
オリジナルの舞台となったレトログリッドの再現は、ある種の感動すらありました。
ここがトロン:レガシーで足りなかったところなんですよね。
Yes/Noを返すオブジェクトとか懐かしすぎて泣きそうだった。
さらに、ジュリアンが古いIDディスクを手に取るラスト。
初代MCPの再来を思わせる演出にはニヤリとしました。
完全にオリジナルファン狙い撃ち。
まんまと撃ち抜かれましたね。
狂気じみたジュリアンも、きちんと“異常者”として裁かれようとしていたのはちょっと安心しました。
暴走するAIというテーマ自体は目新しくないけれど、
本作では「雑な命令を忠実に実行した結果、悲劇が起きる」という展開で、妙にリアルだったんですよね。
プログラムあるあるの極致というか。
自我を得て暴走――というテンプレではなく、
命令の誤差が世界を壊すという構図、これは一周回って新鮮に感じました。
ファン以外への訴求力が弱すぎた
ただ、この映画の魅力はあまりにも狭い。
オリジナルのファンサービスを受け取れる層なんて、40代でもギリギリ。
ディズニーは再始動にあたって、初代を知らない層への導線をまったく作らなかった。
それで“凡庸”と叩かれるのも仕方がない。
狭いターゲットを広げる努力が足りなかったのは、明確な敗因だと思います。
そして、ラストの展開も“ひねり”が足りない。
「一周回って斬新」と私が感じた部分も、多くの人には“ただの凡庸”と映るでしょう。
というか、この映画斬新とか言ってるの私だけじゃないかな・・・
「この映画ならでは」のフックが弱い。
それが最大の問題でした。
まとめ:トロン:アレスは誰に刺さる映画だったのか
意外と好きな映画でした。
でも、万人に刺さるとは言えない。
初代『トロン』が好きなら、間違いなく観て損はないです。
できればIMAXなどのラージフォーマットで。
(そこは私も後悔しています)
ただ、シリーズに思い入れがないなら――無理に劇場へ行かなくてもいいかもしれません。
そんな映画でした。
このあと私は、ディズニープラスで『トロン:オリジナル』と『レガシー』を見直します。
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トロン:オリジナルのレビュー記事アップしました!
オリジナルは今見ても面白かった…
トロン:レガシーのレビューもアップ
私にとってはレガシーが一番評価が低いです



