いや本当に
人の心がないのか
面白ければ何をやってもいいという日テレの傲慢は
最初はイッテQの祭りやらせ疑惑だったのかもしれない
あのころはまだイッテQのファンだったし、同情に近い感じでニュースを眺めていたのだけれども
セクシー田中さんの改変問題は、人として、組織として嫌悪感を催すレベルで
半年近くたってやっと出た報告書から見えてきたものもまたひどいものでした。
当調査チームは、原作者、脚本家、番組制作者等が、より一層安心して制作に臨める体制を構築するために、以下の事項を目的として調査、分析及び検討を行った。なお、本件原作者の死亡原因の究明については目的としていない。
という報告書の目的については、なんだろう
「それ言っちゃうんだ」
とは思いつつも、変な期待を持たせてはいけないという配慮と受け取ることもできる
とはおもう。
死亡原因を究明しても、それは原作者個別の事象であり、次に生かすための調査にはならない。
ただし、この調査報告”では”、”それは”目的としなくても、真に自省するためには、何が原作者を追い詰めたか、は調査の目的にすべきだと思うし、報告書内でそれを触れていたとして、目的に設定してはいないので、
まだ読み解けていないけれども、小学館からの報告書は、その点をくみ取れる目的設定をしているように思える
本委員会は、本事案の事実経緯を調査し、芦原氏が亡くなられたことに影響を及ぼしたと考えられる事情を検討し、それらの事情における小学館の対応の問題点を抽出し、再発防止のための改善案を提言することを目的とする。
さて、日本テレビの報告書を読み解いて行くと、日本テレビサイドの考えが甘いのももちろん、小学館サイドもだいぶ考えが甘い
C 氏、D 氏(小学館サイド)は条件として文書で明示しているわけではないが、漫画を原作としてドラマ化する以上、「原作漫画とドラマは全く別物なので、自由に好き勝手にやってください」旨言われない限り、原作漫画に忠実にドラマ化することは当然という認識である旨書面回答している。
原作に忠実でないドラマ、アニメなど世にあふれるほどあるので、その前提は甘く見すぎでは、と思わざるを得ない。
ただ、最初のかけ違いはおそらくここなのだろうとは思う
C 氏、D 氏から本件原作者は以前、漫画のドラマ化で揉めたことがあり「難しい作家」(原作へのこだわりが強い作家)であり、原作に寄り添ったドラマ制作をお願いする旨の発言があった。
なお、当調査チームへの C 氏からの書面回答によると、本件原作者は、過去作では製作(ママ)途中で「やっぱりやめたい」と言い出したこと、小学館からはドラマ化するならば原作を大事にしてくれる脚本家の方でないと難しいことを伝えたと述べているが、A 氏、B 氏(日本テレビ制作サイド)はこの時点では条件や注意事項として聞いた記憶がないと述べている。
(「難しい作家」というのはこの業界での専門用語で言っている側にネガティブな感情はないのだと思いたい。)
小学館サイドとしては「原作に寄り添ってほしい」といっているので、当然明文化しなくても当たり前のように原作準拠で作ってくれるだろうとなるのはわからなくはない。
前提があって、現在があるのだけれど
しかし、日本テレビ側はそれを聞きかがしてしまっている。聞き流してしまっているからいつも通り作ろうとしている。
ちょいと話がそれるんだけど、読んでいて胃がキリキリしたのがここ
本件脚本家についても同年 4 月 5 日に C 氏に対し脚本家候補者の1人としてメールで連絡しており、C 氏からは電話で問題ない旨の返事があった。
恐らく、日本テレビとしては原作者も認めた脚本家であるというアリバイとして記載していると思うし、実際そういったことは私も業務やられるのだけれども
いやー知らんがなですよね。確認させられた原作者からしたら。
「問題ない」は「あえて物言いをつけるほどこの脚本家のことはしらない」
という程度のことでしかないんですよね。
実際小学館側の報告書ではここは語られていない。
そのあとはひたすら日テレサイドと小学館サイドの関係が悪化していくのを時系列で魅せられている感じでだいぶしんどいですね
また、2回読むほどの体力がないので読み返さないですが、原作準拠についての温度感に結構波があって、中盤やたら小学館サイドが下手なのが違和感があったり
日テレ制作サイドが全方面にいい顔しようとして失敗して小学館からも脚本家からも不信感を募らせた結果がこれかぁという絶望感も大きい
日テレの甘い考えのもとに脚本家が動いていた結果、すべてを脚本家がかぶってしまった。脚本家のフラストレーションが高まりすぎて、日テレともディスコミュニケーションが発生していたのもあのSNSの起こりと
なんだろう、日テレA氏の精神状態は心配ではあるけれども、心のどこかで、大丈夫だったとしたらそれはそれで人として問題がありすぎるとも思う。
読み終わって
これくらいの齟齬はよくある、という論調が随所に見えるし、実際はその通りで
根本のスタートは脚本家の暴露にあるとは思っているけど
そもそもよくあっちゃいけないのでは?
という感想しかない
「難しい作家」という忠告を日テレサイド読み飛ばしちゃうの大変まずくないですか?
このワードは共有しておかないといけないことだけど、書面には残しづらい
だからこそ、お互いしっかりと共有しておかないといけないのではないか
小学館側は色々と表現を変えながら、過度な押し付けにならないよう気をもみながら忠告をしているように見えるが、日テレ側がその柔らかい表現に甘い認識を持ってしまい、企画が動いてからずれ違い続けているように見える
私の周りでもそういう言った言わない、できる出来ないの祖語はたくさん出てきて非常に困っているけど、私自身は組織の中の一人でしかないので、そこに人生はかかっていないのだけど、原作者と脚本家は、特に原作者はそこに人生を投影しているわけで、
時間がない、予算がないはテレビ局側の論理でしかないんですよね
過去、好きな作品が映像化した時にあまりにも不出来で一緒に原作への興味も失ってしまった実体験が私にはあるので
自分のファンのコア層から外れるような改変は、そりゃ原作者は恐れると思う
最後に
だからドラマはダメだ、アニメはしっかりと原作者を尊重している
っていう論調随所で見られるけど、そんなことはないですよ
原作を尊重したドラマもたくさんあるし
さっき言った通り、何の愛着もなく原作を使いつぶすようなアニメも量産され続けている。
原作者が断筆しかけたことはアニメにだってある
原作に準拠していなくても、原作者の意思を尊重して傑作になった作品もある
私はいまだに封神演義のアニメ化は許してないよ
悪ラスのアニメ化も許さない
原作と相対するのがそれなりな組織であるテレビ局と零細のアニメ制作会社であれば、アニメ化のほうがリスクは高いと思いますよ
今回の件は、”ドラマだから”起きたのではなくて、個々の事象として受け取るべき
本報告書での提言は、ドラマ化だけでなくアニメだって本来はしっかりと順守していかないといけないことだと思いますよ