昔の革は、今の革よりも質が良かったという話をよく聞きます。
もしくは、昔はよい革を安く手に入れられた。60年代のレギュラーラインの革靴で使われている革が、今の上級ラインの革よりも良い革を使っている、等々。
その原因が
1牛肉の消費量の減少と、それにつられる形でいわゆるカーフの原料となる子牛の消費量の低下による原皮の貴重化。
特に日本では子牛を食べる文化がないですからね。子牛の原皮はほぼヨーロッパから輸入です。昨今のベジタリアン志向や動物愛護の動きから食肉の消費量は一時期よりも確実に低下しています。
2環境問題への対応による、廃業、鞣しのレシピの変化。または処理コストの上乗せ
1は価格上昇の直接の原因ですね。
2も、ノウハウの断絶や、質の変化・事業を行うコスト上昇による価格上昇の原因となります。
タンナーの事情は分かりませんので具体的な数字で語ることはできませんし、タンナー見学とか行ってみたいのですが機会もなく、ネット上の知識しかありませんが
多少、環境関係の知識があるので一般論として、この環境問題によるタンナーへの負担についてちょっと論じてみようと思います。
思考実験です、実際に沿うかどうかは正直わかりません。
はじめに
基本的には日本の事情でお話ししますが、海外であっても大きくは変わらないと思います。
まず、革の鞣しは、大前提として、水を大量に使います。
海外のタンナーも原皮の輸送時間が短いこととと合わせて、良い水が大量に手に入るところに立地していることが多いそうです。
そう考えると、海外から原皮を輸入するその時間は革質を考える上で海外産に対するハンデになりそうですね
では、簡単に皮を鞣す工程を書いてみましょう
この図のうち、水色が水を多量に使用する工程です。
最初の洗浄で発生する塩水や、
石灰漬けする液、
タンニンやクロムの入った液体をそのまま取水した川に流すとどうなるか。
当然川は汚れ鞣し工場の規模によっては生き物が住めない川になってしまいます。
日本では、このような汚れた排水を流す施設に対し、その排水量と、業種に応じて排水水質を規制する
「水質汚濁防止法」
という法律があります。
水質汚濁防止法とは
水質汚濁防止法(以下水濁法)は、
工場及び事業場から公共用水域に排出される水の排出及び地下に浸透する水の浸透を規制するとともに、生活排水対策の実施を推進すること等によって、公共用水域及び地下水の水質の汚濁(水質以外の水の状態が悪化することを含む。以下同じ)の防止を図り、もって国民の健康を保護するとともに生活環境を保全し、並びに工場及び事業場から排出される汚水及び廃液に関して人の健康に係る被害が生じた場合における事業者の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図ることを目的とする
(法第1条より)
とあり、日本3大公害のうち
「イタイイタイ病」
「水俣病」
が企業活動から排出される排水により生じたことから、そのような排水を法的に規制し、人体の健康を保護するために1970年に制定され、幾度の改定を経て規制が強化され現在に至っています。
少し端折っておりますので、正確な経緯についてはWikipediaをご参照ください。
水濁法は、環境への負荷が高い排水を流す可能性がある施設を「特定施設」と呼称し、特定施設のある事業場を「特定事業場」と呼称します。
この特定施設は全部で74あり、
タンナーはこのうち
53 皮革製造業の用に供する施設であって、次に掲げるもの
イ 洗浄施設
ロ 石灰づけ施設
ハ タンニンづけ施設
ニ クロム浴施設
ホ 染色施設
を有する特定事業場ということになります。
上記施設を有しないタンナーはないと思いますのでタンナーはもれなく水濁法上の特定事業場ということになり、排水量と、鞣し方で排水に規制がかかることになります。
では、タンナーから排出される水の汚れはどのようなものか、そして、どのように規制されるのかを見てみたいと思います。
法律とタンナー
先ほどの工程をもう一度確認すると
原皮の洗浄工程で塩水及びごみが、
石灰づけ工程で石灰水が、
おそらく鞣し工程ではほぼ排水は出ないと思われますが
その後の洗浄工程で、
タンニン鞣しでは純粋に汚れた水
クロム鞣しであればクロムを含む液体が排出されます。
また、タンナーでは皮革によっては染色も行っていると思われますので
染料も排水に混ざることを水濁法は想定しているようです。
その場合想定されるのは、
石灰水により排水がアルカリ性になり、
塩水やタンニン、染色剤により水の汚れ(BODまたはCODという)が高い状態にあり、
また自然に分解されないような微小なごみ(SSという)も高いと思われます。
これらの項目の環境基準は、地域ごとにより厳しい場合もありますが
pH 5.8~8.6
BOD 160mg/L
SS 200mg/L
(排水量が日平均50㎥以上の事業場に適用)
という規制基準がかかります。
また、クロム鞣しを行っている事業場は、基本的には無害な3価クロムを使用していますが、このクロムにも排水基準があります。
また、3価クロムは熱を与えることにより有害な6価クロムに変性する場合がありますので、タンナーは6価クロムについてもある程度考慮が必要になります。
六価クロム 0.5mg/L
クロム 2 mg/L
(排水量が日平均50㎥以上の事業場に適用)
ただ、下記サイトを見ると、鞣し工程で排出される排水はあまり水質に影響を及ぼさないようですね。
https://www.prestpatina.com/blogs/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/%E9%9D%A9%E3%81%A8%E7%92%B0%E5%A2%83%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97
とはいえ、昔のようにクロムを大量に使用しての鞣しは、なかなか難しいのかもしれません。
タンニン鞣しも、鞣し液そのものが川の水にとっては汚れですので、その水を浄化するのに非常にお金がかかり、その分がコストに上乗せされたり、クオリティが下がっても、環境への影響が少ない鞣し液にレシピを変更したり
企業努力があるのかもしれません。
と、おもったのですが、皮革産業が盛んな姫路の市役所に問い合わせをしたところ、姫路市内のタンナーで場外に排水をしている会社はないとのことでした。
ぜんぜん違った💦
水質の規制は川などに流す水について設定されるそうですので、その点で法律上の義務はないですが、
ただまぁ大量に水を使って、その水を循環させるにしてもいずれ汚くなりすぎて使い物にならなくなれば、産廃として処分しないといけないはずなので、処分費用がコストに上乗せされることにはなると思われです。
まとめ
ちょっと想像していた帰着点とは違いましたが、タンナーと環境規制について、ちょっと調べてまとめてみました。
法律の施行時期等を考えると 正直革質が落ちたり、タンナーが廃業したりは影響がないとは言えないけれど別のファクターの方が大きそうだなぁ…